【実感ある】日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?【書評】

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タヌキ

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「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか」山田昌弘 著

今回は光文社新書で2020年5月に刊行されたこちらの本の印象に残った部分を要約する。本を購入した動機は、二人目をつくるかどうか迷っており、昨今一人っ子が増えているという情報の裏付けをしたかったのと、その決断をしている人が増えていることで少子化が起きていると思っていたため、決断の背景を知り自身に当てはまるか確認したかったからである。

ただ、結論から言うと、少子化が起きている要因は「一人っ子が増えていること」ではなく、「未婚者が増えていること」であり、結婚した夫婦は2人程度子どもを産み育ててている(少なくとも本書では一人っ子が増えている背景要因に言及していない)

ただし、少子化が起きている流れは背景について、構造的に理解することができたため、とてもおもしろかった。

「晩婚化じゃなくて”未婚化”」政府が読み違えた実態

少子化の主たる原因は「未婚化」つまり、結婚する人の減少にある。
実は結婚している女性は、2005年くらいまでは、平均2人以上出産している。
つまり、すべての若者が結婚して平均2人の子供をもうければ、日本の合計特殊出生率は2を上回るはずだった。
(保育園が不足していても、育休がなくても、夫が家事育児をしなくても、2005年くらいまでは、既婚女性は平均2人子供を産み育てていた・・・)

政府が大きく読み違えていたのは、「結婚しない人が増えていることで」→「少子化につながっている」という仮説を選ばなかったことだ。

もっと踏み込むと、「結婚しないはずはない(若者は独身を楽しみたいだけで、結婚を遅らせているだけで、いずれみんな結婚する)」と思っていたことだ。

つまり、「未婚化」ではなく「晩婚化」だと判断していたわけですね。

「晩婚化(いずれみんな結婚するよね)」の判断の裏にある政府の意識

「どんな条件でも愛があれば結婚するはず」「子供が好きなら産むはず」という欧米中心主義的発想が垣間見える。

でも、ここ日本では。たとえ愛があっても、子供がどんなに好きでも、経済的条件が整わなければ、結婚や出産に踏み切らない人が多数はなのである。

子育ての経済的負担を減らすため、高校の授業料無償化や子ども手当が整備されたのは2009年、3〜5歳の就学前教育費原則無償化が2019年。
でも、未だに大学教育などの無償化は進んでいない。

欧米固有の価値観を前提に少子化対策が講じられたため、経済的支援政策の整備が遅れている

欧米固有の価値観、つまり家族に関係する欧米社会の慣習や意識として、以下の4つの特徴が少子化を考える上でとても重要だ。

①子どもは成人したら独立して生活する(若者の自立志向)
②仕事は女性の自己実現という意識
③恋愛感情を重視する意識(恋愛至上主義)
④子育ては成人したら完了という意識

一方、日本固有の価値意識をスルーしてしまった

日本の家族に特徴的な、人々が持つ意識や慣習を考慮していなかったことも政府の盲点である。

①リスク回避志向
②世間体重視
③子どもに辛い思いをさせたくないという強い感情

つまり、生活上のリスクを回避できる見通しがたたないかぎり、結婚や出産をしないし、「どのような人と結婚するか」は周囲の人(親戚・友人・近所の人)からの世間体に通じ、そこに照らしてふさわしくないと思う結婚や子育てを選択しない。結婚相手の職業や年齢にこだわり、結婚が抑制される。
また、子どもを「よりよく」育てるための条件が整わない限り、子どもに十分な経済条件を供給する可能性が低いような結婚自体回避しようとする。

欧米で社会では上記に対して真逆であるような、リスクをとっていくこと、他人と違ったことをしても非難されない(世間体を気にしない)こと、子どもへの期待よりもパートナーとの愛情関係を大切にすること、が慣習としてあるため、阻害要因にならない。

日本にない欧米の慣習①成人したら自立

欧米先進国(南欧以外)では、大学卒業後男女ともに親の家を出て自立して生活するのは一般的だが、日本では結婚するまで親と同居して頼るのが当然という傾向がある。
特に日本では女性(娘)の自立は不要というまでの意識が、親の方にも本人にも強い。むしろ、結婚前の未婚女性が親元から離れて暮らすことは「はしたない」と言われることがある。

現実に、日本では18〜34歳の未婚者の75%が親と同居している。特に未婚女性は78.2%同居している。

本人に自立できる収入があっても、自立が求められないので、親元で母親に家事を任せながら、収入の大部分を小遣いに充てる生活が可能だ。

欧米では、成人したら親元を離れて経済的に自立することが求められる。ただし日本と同じように若者の収入は低く、失業率も高い。結果、「誰かと一緒に住むこと」は一人暮らしに比べ、経済的に合理的なのだ。その結果、同棲が増え、子どもも増える。もちろん、子どもが生まれれば、子育てに時間がお金がとられるので、生活水準が低下するが、社会保障で若者の子育て生活を経済的に支援すれば、出生率は高まるのだ。

日本は、親の家を出て、新しい生活を始めることは、経済的に苦しくなるケースがほとんどだろう。

また親側のメリットもある。
前近代社会では、子どもは「役に立つ」存在として多く産むことが推奨されていた。農業を中心とした自営業社会では家業の労働力として重要であり、跡継ぎであり、老後の生活を世話してくれる存在だった。つまり子どもは「経済的に役に立つ生産財」だった。近代社会になると産業化が進んで雇用者家族が増え、核家族が原則となった。そのため、子どもの存在は「消費財」としての位置づけになり、「情緒的に」なんらかのプラスの要素がある存在と置かれた。ただし、「子どもを育てることに意味がある」という効能(使用価値)ではなく、「子どもの持つ価値が自分の価値になる」という効能、つまり価値が高いと思われる子どもを育てることが親の満足になるという「市場価値」を追求する存在として位置づけられた。

そのため、育てる楽しみ以上に、「育てた子どもが社会的にどのように評価されるか」が重要であり、その価値が損なわれないように、長く手元に置き、投資する。

日本にない欧米の慣習②仕事は女性の自己実現

欧米では、仕事を持って経済的に自立することが男性だけではなく女性にも求められている。そして、その仕事は自分らしさ、自己実現という心理的意味ももたされている。

一方日本では、女性が成人したら経済的に自立する相応の収入を得るために働くべきだという考え方が浸透していない。
未婚の際は親と同居し、基本的生活を依存。結婚後は夫の収入に依存して生活することは、可能か不可能かは別にして、特に非難されない。

また、2つ目に「両立してまで続けたい仕事がない」という要因もある。仕事を続ける事自体に魅力がないから、ということだ。
日本社会では、正社員であれば、会社への献身的忠誠、長時間労働、家族を顧みない働き方が求められる。それができない場合、キャリアコースから外れる。仮に仕事の能力があっても、キャリアコースから外れると、継続したいと思えるような魅力的な仕事が減ってしまう。結果、定型的で定収入な「一般職」的な仕事、または非正規職になるが、夫に十分な収入があれば仕事を辞めたいと思っている女性は多い。

日本の女性のやりがい、自己実現はどこにあるのか?
それは「豊かな消費生活を送る」「子どもを立派に育て上げる」というところにある。日本社会は仕事を苦労して続けている女性よりも、仕事をしていなくても豊かな生活をして子どもを良い学校に通わせている女性を評価する社会である。

だから、欧米においては有効だった保育園の整備や育休の充実、夫の家事参加の推奨といった両立支援策は有効ではない。仕事を継続したいから子どもを産まない、というロジックが当てはまらないからだ。

欧米にあって日本にない慣習③恋愛感情の重視

欧米では恋愛感情、つまり人生のパートナーを情熱的に求めることが価値付けられている。つまり人生の一つの目的として追求されている。

しかし日本では恋愛感情はあまり価値付られていない。「恋愛は面倒なもの」「リスク」と捉えられ「コスパが悪い」、つまり苦労の割に楽しいとは思えない。この背景には、お金さえ払えば親密な関係、性的満足も買えてしまう状況が関係している。

また、恋愛感情が湧く相手がいたとしても、経済生活が成立する見通しがなければ、その感情を優先しない。

日本固有の価値観①「リスク回避」

将来の生活設計に関する強いリスク回避志向が日本にはある。
現代の日本人の多くは将来に渡って、中流生活を維持することを至上命題にしている。そして将来に渡って、中流生活を送れなくなるリスクを避けようとする。たとえば「子どもの大学費用が心配だから」飛躍して「奨学金を借りている人とつきあわない」という選択になる。

日本固有の価値観②「世間体意識」

結婚から子育て、老後に至るまで「世間から見て恥ずかしくない生活」をしなければならないという考えが若者には特に強い。そのため、一つ一つの選択が「周囲の人から見たらどう映るか」を意識して行動が鈍化する。
それによって付随的にのしかかるのは「子育てへの強いプレッシャー」である。このプレッシャーと「子どもに不幸な思いをさせたくない」が合体して、見通しが立たない生活を避ける傾向がある。

親などの家族、親しい親戚・学校や職場の仲間、友人などからマイナスの評価を受けないことが多くの人々にとって最優先事項になっているのだ。

世間体を保つためには、「人並みの生活を維持すること」「多数派の人と大きく違った行動をしないこと」が重要である。

まとめ「世間並みの生活水準」が厳しくなった

日本社会は高度経済成長期を経て、多くの人が「自分は中流」と思う社会となった。つまり「世間並み」の生活を送れないことは世間に顔向けできない、下見見られる。

具体的に言うと、家電製品、車、マンションや一戸建て、子どもを塾やお稽古に通わせられる財力、大学まで行かせられる貯蓄がないと、つまり中流生活の見通しが立たないと、子育てどころか、結婚もしないし、しなくて良い環境が整っている。

政府がとるべきなのは。「生涯に渡って中流生活を送ることができるという保障」であり、それがないと男女交際すら踏み切らないのが今の若者たちである。つまり、現代の日本の根本原因は経済格差が拡大しているにも関わらず、大多数は中流意識を持ち続け、世間並みの生活をしたいと思っていることにある。

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