【体験談】陣痛★想定外だったこと、想定どおりだったことまとめ【初産】

育児お役立ち
タヌキ

「負担ない育児情報」と「たのしい知育」について発信中
・山(田舎)から上京して東京で必死に子育て!
・娘2歳、実家遠方共働き
・妊娠糖尿病→境界型糖尿病で食生活と運動で試行錯誤!

タヌキをフォローする

出産体験談を書く意味

体験談はその人のものだ
個人の記憶を基に、その人の主観が入り混じり、再構築される

出産の記憶を書き出すことにどんな意味があるのか

体験談を書く意味
・出産経験がない初産妊婦さんの参考になれば嬉しいから
・具体的には、「こんな事態もあるのか」と知ってもらい、事前準備や事前に心構えすることで自身の本番、少しでも楽になってほしい
・楽になることで、出産でなるべく体力を使ってほしくない
・なぜなら、本番は、出産が終わった後だから・・・
※ただしあくまでも一個人の体験談であることを心にお留め置きください

想像と違った点「聞いてません!!」

・破水から陣痛が始まった
・土日に病院に行くと「シフトが少ないので平日に産もう」と言われる
・テニスボールいらない
・出産後も股開いて2時間

破水から陣痛が始まった

もっと脚を上げて、勢いよく歩いて!

と妹に指導されてウォーキングしていた

予定日が2日後に控えた週末の土曜日、里帰りしていた実家に、
妹が私に会いに嫁ぎ先から帰省してきてくれていた

早産を警戒していたわたしは、
指折り数えて正産期(いつ生まれも良い時期:妊娠37週以降を指す)を待っていたが

「いつ生まれるの?」「次の満月かしらねえ」「週末がいいかもしれないわ」
などと実母から「まだか」とせっつかれていたため

陣痛発来に効果があると言われるウォーキングをしていた
切迫早産を(過剰に)恐れていたため、ほぼ3週間、食事排泄入浴以外は
床と平行になっていた
そのため体力が著しく落ち、歩くだけで息切れがしていた

体が重い

肺に空気がうまく入らない

これぞ身重・・・・

「はい、脚をあげて!」
と言われて脚を上げた瞬間、股から勢いよく水分が出る感覚を覚えた

これが破水である

感覚としては尿もれのよう
しかし、自分では止められない

直感的に「これは今まで自分の身に起きたこととは異なる事態だ」と感じた

病院に行くと、破水検査をされて、無事破水と認定
そのまま即刻入院となった(破水後は感染リスクがあるため、入院措置)

土日に病院に行くと「シフトが少ないので平日に産もう」と言われる

入院したのは土曜日の午後だった
当番の産婦人科医は担当医ではない
その人から言われたことが「総合病院のシフトが薄いので、なにかあったときに対処できる平日に促進剤をいれて産もう」という提案だった

なるほど、たしかに土日はシフトが少ない
看護師さんも家庭との両立をされているため、旦那さんや子どもと生活リズムを同じくするべく、平日にシフトを多めにいれて、土日はお休みなのだろう

人手が足りないときに、出血多量や緊急帝王切開になったら対処しきれないし
看護師や麻酔科医以外にも新生児科医が揃っている方が良いと提案された

「こういったシフト都合で子どもの誕生日が決まることもあるのか」
と、思ったが、なにかあったときの対処を期待して総合病院を選んで入院しているのは自分である

しかも、予定帝王切開ならそもそも万全のチーム体制で手術日を決めるので
誕生日もそれに従って決まる

テニスボールいらない

「陣痛時に腰や肛門付近をテニスボールで押すと陣痛が和らぐ」という知識をゼクシィbabyその他妊娠アプリで得ていた

しかし、テニスボールは病院で貸出していたため、自分で用意する必要はなかったし、

なにより、テニスボールで押さえたくらいでおさまる痛みではなかった

私の場合は、助産師さんに
人差し指と中指で肛門を押さえる(ほぼ差し込む状態)
してもらわないと痛みが逃げなかった

担当の助産師さんが、素晴らしく肛門押しが上手く、
ずっと肛門を浣腸されている状態だった

肛門というピンポイントな場所なだけに、

母親はおろか、夫は全く痛み逃しの助けにならなかった

出産後も股開いて2時間

母子手帳には「出血量」の箇所に「多量」と記されている

自然分娩だったわけだが、出血が止まらなかった

しかも胎盤付近から血が止まらなかったのではなく、
会陰部分、子宮の入り口がパックリいってしまって
出血が止まらなかった


担当の産婦人科医が「ビリビリに破けている」と言っていた私の会陰は
たしかに最後、胎児を出すとき、破けた感覚はあった

頭の中でぼんやりと「今、雷型に、会陰が裂けております」と自分アナウンスが入ったのを覚えている

ということで、出産後、娘は速やかにNICUに移送、夫はNICUで説明をうけ、
一息ついて家族もぞろぞろ帰っても、わたしはずっと股を縫合してもらっていた
2時間ずっと眠れず産後のテンションが高い状態で
当直当番の若い産婦人科医に股を縫ってもらいながら
疲れているであろう医者に話し続けていた記憶がある
(すみません・・)

想像通りだった点「これが世に聞く・・・」

・陣痛がくると食事できない
・大便をしたくなる感覚におちいる(=赤ちゃんが下がってきている)
・ペットボトルキャップ型ストローがないと水分補給できない
・リップクリームも必須

陣痛がくると食事できない

陣痛感覚が20分程度のころは、まだ痛くない時間があったが
20分を切ると、徐々に痛くなる時間+陣痛+痛みが引いていく時間が計15分くらい
あり、痛みがない時間は残り5分だった

これは重要なことだが、陣痛は間隔があるから、その合間に家事をしたり
身支度をしたり、お風呂に入ったり、食事をして、病院に行こうなどというのは不可能だ

なぜなら上述したとおり、陣痛20分間隔以下になると「痛みがない実質的な可動時間」は5分以下になるためである

そのため、20分間隔以上のときに食事等身の回りの用事は済ませておくことをおすすめしたい

・大便をしたくなる感覚におちいる(=赤ちゃんが下がってきている)

陣痛を例える際「生理痛のようだ」「下痢に近い」などと形容するが
私は圧倒的に下痢に近いと感じた

おそらく「普段どのような種類の下腹部の痛みに慣れ親しんでいるか」によって
感じる痛みに差が出ると思われる

つまり、普段から生理痛が重い人だと「生理痛のようだ」というのではないか?
私の場合はお腹が弱く、よく下していたので「下痢痛」に親しみがあった

子宮口6〜7センチ時、「いきみ逃し」をしなければいけないフェーズでは
たしかに「大便をしたい」という感覚だった
それは胎児の頭部が肛門あたりを刺激するためだという
ほっておくといきんでしまうため
とにかく呼吸に集中した
人生で1〜2を争う集中モードだった
とにかく意識を呼吸にむける
吸って、吐く
ここに意識を集中し、他のことは考えない


それでもいきんでしまいそうなときには
叫び声をあげた

今でも覚えているが、
オットセイのような獣に近い、雄叫びをあげており
夫が怯えていたし、私も「あ、自分やばい声だしてる」という意識があった

ペットボトルキャップ型ストローがないと水分補給できない

陣痛が進行すると、人間としてできていた一切の動作ができなくなる
そのため、なるべく生命維持に必要な動作は、省エネで済ませる工夫が必要だった

水分補給をする際に、
ペットボトルの蓋を開ける→飲み口を傾けて→飲む→締める→置く
などということは全くできなかったため
口にストローを近づけて吸い、飲み、容器を離すということしかできなかった

ペットボトルキャップ型ストローは絶対に必須アイテムだったと言える


リップクリームも必須

口がよく乾いたので、水分補給をする
そうすると、上手く飲めないので、やや口周りがベタつき、乾燥しやすくなる

水分を拭かないと蒸発して、皮膚が乾燥する
そのため唇周りがパキパキ
になった

リップクリームをペットボトルの横において
陣痛の合間に夫や母親に塗ってもらっていた

陣痛が進むとどうでも良くなるが、
6〜7センチまでは割と気になったので、
リップクリームは常備してあって便利だった


おわりがはじまり

私の中で出産は完全にゴールだった
長い妊婦期間、思い通りにならない体、周囲からの目線、
息切れする呼吸、切迫早産のプレッシャー、
妊娠糖尿病との戦いなど

全ては「産めば、終わる」と考えており、
出産=ファンファーレと思っていた

しかし本当の正念場は、産んだ後に、長く続いていく。

少なくとも少なくとも
新生児期と呼ばれる生後0ヶ月(生後30日)が経過するまでは
続いていく

決して出産=ゴールではないのだ
気持ちはわかるが、出産後のイメージトレーニングもしておこう
それが自分の持続可能なメンタルヘルスにもつながるぞ!!

と、過去の私に言ってやりたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました